「硝子ドール」に生き血の臭いを嗅いだ アイカツ!5thフェスによせて

 「永い物語よ 自分だけに見える鎖に繋がれたまま」

 こんなサビを聞いたことのあるアニメファンは多いだろう。

 「吸血鬼キャラ」藤堂ユリカの持ち歌ともいえる、アイカツ!シリーズ楽曲の中でも有名な「硝子ドール」は、2018年9月8日『アイカツ!シリーズ 5thフェスティバル!!』においても披露された。個人として特筆したいのは、そこでマイクを持っていたのが「声優」沼倉愛美であったことだ。

 

歌唱担当制度をめぐる概要

 アイカツ!シリーズは長らく、「キャラクターの声と歌唱を別の人物が担当する」独特のシステムを用いてきた(キャラクターの声をあてる声優に対し、歌を担う側の担当を「歌唱担当」と呼び表す)。前作までの「歌唱担当」をアイカツ!の看板を背負うアイドルユニットとして「解散」させ、声優に歌唱をも担当させる新作『アイカツフレンズ!』をスタートさせた。この状況で声優と歌唱担当の一部が参加して開催されたのが「アイカツ!5thフェス」だ。

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 開催が告知された段階で、解散済みの「元」歌唱担当が歌うのか、そもそもどのようなイベントなのかなど、アイカツファンの間では様々な憶測がなされた。

 蓋を開けてみれば、歌唱担当が歌を披露するばかりか、今まで決して歌うことのなかった「声優」が声優同士、また歌唱担当との共演を実現させており、アイカツ!ファンは現実離れした光景を目にすることになった。

 「声優・沼倉愛美の歌う硝子ドール」は、このような文脈による貴重なパフォーマンスである。

 

個人としての「硝子ドール」体験

 前述の「硝子ドール」は、本稿執筆者にとっても特別なものとなった。

 声優ライブに関して、アイドルマスター(765AS)で「アイドルもの」にはじめて触れながら、周囲がアイドル「アニメ」そのものよりも歌唱を担当する声優に傾倒していくのを目の当たりにして「声優ライブ」を忌避するようになり、『アイカツフレンズ!』登場がその抵抗感を和らげた、という経緯は前に触れた通りである。

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 5月のラゾーナ川崎でのイベントでは、声優が顔出しで歌うことに引っかかりながらも「楽しむ」ことができていた(当時はこれでも大きな進歩だと感じた)。

 「声の演技をすることが本職の声優が」「生身の身体で」アニメのキャラクターを演じる、この危うさを一瞬だけ忘れて文字通り「何も考えずに」楽しむ、これができたのは今回の「硝子ドール」がはじめてだ。

 

「楽しむ」ことを可能にしたもの

 どうして今回「純粋に」楽しめたのだろうか。

 

・イベントそのものに「今まで(アイカツで)歌唱がタブーだった声優が「ハレの日」として特別に歌を披露する」性質があったこと。

・硝子ドールを歌った沼倉愛美が「765AS」でも馴染み深い声優であり、また「舞台上のアイドルを演じる」ことに際し優れた演技力・歌唱力を持っていたこと。

・硝子ドールが「アリスブルーのキス(男性声優)」→「コズミックストレンジャー(「歌唱担当」+男性声優)」→「Passion flower、MY SHOW TIME!(「歌唱担当」+女性声優)」→「Forever Dream(女性声優単独)」と、周到に「女性声優が単独で歌う」準備がされた上での披露だったこと(「Forever Dream」も普通に楽しんではいたが、憑き物が落ちたような感じがしたのは「硝子ドール」だった)。

アイカツ!シリーズにはアニメーターやプロデューサー、楽曲の担当者など、声優以外の「作り手」が個人として表に顔を出すのを比較的許容する空気がある(この関係で「脇の甘さ」が出てしまう時がたまにあるけれど、それでもこの空気は好きだ)。日頃から個人としての作り手を多く目にすることで、声優をも「作り手の1人」、個人として受け入れられたこと。

 

 考えれば考えるほど、自分が声優に関連して持つ屈折した気持ちを乗り越えるのに「アイカツ!5thフェス」が、硝子ドールが、ぴったりハマっていたように思う。

 

今までとこれからについて、雑記

 「アイカツ!5thフェス」1日目から帰宅した後、2日目が開催されている9月9日に本稿を執筆している(諸事情により2日目の参加は叶わなかった)。

 「声優が舞台上でアイドルを演じる」ことが、声のお芝居をすることにどれだけ負担になるかは知る由もないが、実のところ相当ではないかと思っている。最近のアイドルアニメ隆盛をみていると、歌ったり踊ったりできなければ声優として立ち行かない、そんな状況にはなってほしくないとも思う。それでも、声優自身がアイドルの役に入れ込んでいるのは今回十分すぎるほど分かったし(いや、元々分かってはいたが)、なにより「アイカツ!5thフェス」を心の底から楽しんだ今の自分に言えることはない。

 幕張メッセを遠くから見ていると、もしかしたら自分は「声優の追っかけをしている人」以上に、声優を特別扱いしていたのではないかという気にさえなる。

 

 現実から離れる「ハレの日」を作り出すことに真剣になるのは、悪いことではない気がする。

 テレビアニメ「アイカツ!」には、明らかな悪人は登場しない。「マイナスをゼロにではなく、ゼロをプラスにする物語だ」とはインターネットのどこかで聞いた表現だが、この世の終わりが訪れたり、家庭や地域が荒れたりするわけではなく、善人が切磋琢磨する、これをドラマにした物語だ。

 そんなお話を書く脚本家の人だって、厳しい現実を沢山経験している。それでも綺麗な物語を書くのは、相当「真剣」でなければできない。

 舞台に立つ声優の人もそうだ。「歌唱担当」の人だってそうだ。イベントスタッフ、アニメスタッフ、テレビ局、広告代理店…

 それぞれが抱える問題に目をつぶり、作り出された「ハレの日」に感動する、これが関わった人の「真剣さ」からくるものだとすれば、それは自分にとって「善」だと、そう思える気がする…。

 

 どうしようもなく「アニメ的なもの」「アイカツ!」が好きで、好きかどうかさえ分からなくなっても囚われていて、プライドさえかけている、そんな人々がいる。囚われているからこそ、その中で少しでも楽しもうと足掻く。もう少し上手に世渡りをする人がいるのは知っているけれど、大なり小なり人はそういう性質を持っている気がするし、やっぱりそういう生き様には惹かれてしまう。

 1個人の感情、生き様のような一種の「体臭」は、綺麗な色のサイリウムやペンライトに置き換えられて、きらびやかな衣装やステージで覆い隠されるはず。それなのに、そんな臭いを探しに「アイドルものアニメ」のイベントに足を運ぶ自分がいる。

 やっぱり「アニメ」って、面白い。

 

 「もうやめにしたいのに 終わりが怖くて」?

 

 いやいや、自分には、新しいものを楽しもうとするガッツがまだ残っているはずだ。